まだウェディングカメラマンになる10年前、東日本大地震の被災地、宮城県気仙沼市で津波で汚れた結婚式や家族写真を洗浄するボランティアに参加していた。
当時、僕はアーティスティックなカメラマンに憧れていた。まだ今みたいに日本全国各地で結婚式カメラマンをやったり、前撮りなどのウェディングフォトを撮影する未来がきているとは想像もつかなかった。
気仙沼のボランティアでは、自衛隊の方々が1枚ずつ回収した、未曾有の自然災害の津波で汚れた結婚式や家族写真を洗浄して修復するとこれまで抱いていた、写真への気持ちが変わってきた。
特に印象的だったのが修復を終えた結婚や家族写真を受け取りにきたおばあちゃんが涙目でおじぎして受け取っていたこと。
まるで自分の大切な家族を抱きしめるように写真を抱いて帰っていった。
『きっと写真には人間を支える本当の意味での
写真にしかできない底力があるのかもしれない』
当時、ボランティアグループの中には某最大手カメラメーカーの開発者や東京で家族写真を撮影しているプロカメラマンなど色んな出会いがあった。
『寺川くんも写真で何かやってみたら?』
『でも写真学校も出てないこんな自分に何ができるんでしょうか。。。』
『寺川くんの写真はね、東京で10年近く色んなカメラマンの写真を見てきた私の中でも、全然取ってつけたものじゃない。自信持ちな!!』
ある日、ボランティアに参加するお金もなくなってきたので、僕は仙台に戻って、大阪に戻って仕事を探すことにした。
帰り際の夕方、僕は津波で崩壊した港に立ち寄っていたガレキの山に、後ろを振り返れば倒壊した家屋が並んでいた。
大きな船舶艇が陸にあがっていた。それはとても絶望的な光景でまだそこから明るい未来を想像することは僕にはできなかった
その光景の中で、洗浄した結婚や家族写真を涙目で受け取ってくれたおばあちゃんを思い出した。
今自分が見つめているこの被災地の惨状、きっと多くの方々が命を落とされた場所だ
そこで生き残ったおばあちゃんが『写真』を抱きしめていた
その写真の多くは今インスタグラムにあがっているようなオシャレなウェディングフォトではなく、当時の使い捨てカメラで家族みんなで結婚式や旅行先で撮ったありふれた何でもない家族の写真。
人間は生きていると、過去を思い出す時が時々ある。
しかしそれは、ただ過去だからではなく、その過去にいた『人との時間』ではないだろうか
どんな厳しい時代が来ようとも、人は写真で過去を振り返ることができる。
そこには失ったものもあれば、今もそばにいる大切なものもあるだろう。
『みんなで写真を撮った日は
未来に今日をみんなで作った日』
こんな時代に、自分には何ができるだろう?
財布には大阪までの帰り道のバス代しか残っていない。
『写真なら、何か自分にできることがあるかもしれない。誰かの心を安らげることができるかもしれない』
僕は陸に津波で打ち上げられた船舶艇に背を向けて
被災地を後にした。
これが僕にとっての結婚式カメラマンとしての礎の体験です。
きっとこの経験がなかったら、このホームページもなかっただろうし、何より大阪・神戸・京都の関西で結婚式カメラマンとして活動することもなかったでしょう。
そんな自分の大阪発のカメラマンとしての10年間の軌道を1冊の作品集に仕上げて、オンラインで販売しています。
これまで500組以上、結婚式や前撮りを撮影させていただいた方々や、これから結婚式を挙げられる方のカメラマン探しとして。
何より日本のウェディングフォト業界には、こんな作家みたいな面白い結婚式カメラマンがいることを知っていただけるひとつの機会になれば幸いです。
また作品集の販売のみならず、和装前撮り・結婚式の撮影などのブライダルフォトの写真撮影も受け付けておりますので、気になった方は一度お気軽にご相談くださいませ。
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